大が小を食らうことは企業買収にはよくありますが、時には小さき者が大物を食らうこともあります。
今回はそんな珍しい事例から学びを得ましょう。
当別な四社の例
- ペン・セントラル鉄道:その債券や株式の保有者がみんな、同社の財務状態が脆弱でありながら、その最も初歩的な危険信号を見逃したという点において特別な例である。不安定な巨大企業の株価が異様に高い例の典型でもある。
- リング・テムコ・ボート社:急速で不安定な「帝国建設」企業が、実際には最終的に破綻することが確実だったにもかかわらず、銀行の無差別融資で救済された特別な例である。
- NVF社:企業買収の特別な例で、小企業が7倍の規模の企業を吸収し、巨額な負債を抱え込み、驚くべき特別な会計操作を行なっていた例である。
- AAAエンタープライズ:小企業が株式公開によって資金調達を行なったきわめて特殊な特別な例である。この企業の価値は「フランチャイズ」という魔法の言葉に基づいて決められ、有力な証券会社が保証人となった。同社は売り出しから2倍の高値になった後、2年もたたずに倒産した。
小さい会社が超巨大企業を丸呑みした珍しい事例です。
買収のために巨額な負債を抱え込み、(合法的な)会計操作も利用して利益操作を行なっていました。
NVFのシャロン・スチール社買収
- 買収したい相手は7倍の規模だったのである。
- 1969年初め、NVF社はシャロン社の全株に買い注文を出した。
- 条件はシャロン社株1株を、NVF社の額面70ドル、1994年満期の5%利付劣後債に交換するというもので、これにNVF社株一株を22ドルで1.5株買えるというワラントをつけた。
- シャロン側はこの買収に激しく抵抗したが、失敗した。
- NVFは指定の条件でシャロン社株を88%を手に入れ、1億200万ドルの5%の利付債券と、219万7000株のワラントを発行した。
- 買収が100%達成されていたとしたら、合併会社は1968年には負債1億6300万ドル、有形株式資本わずか220万ドル、売上2億5000万ドルとなっていた。
- 純利益の問題は多少複雑だが、その後、同社は特別貸越勘定前でNVF株一株当たり50セントの純損失、貸越勘定後で3セントの純収益を発表している。
買収資金を得るために、劣後債にワラントを付けたもので資金調達を行なった点が特徴的です。
シャロン側は激しく反対したものの、好条件だったのか買収は成功に終わりました。
説明1:不釣り合いな買収
- この買収は、言うまでもなく1969年に成立した買収劇の中でも極めて財政的に不釣り合いなものであった。
- 買収側は新たな過剰債務に対する責任を負い、その上1968年の利益は、黒字から赤字に転落した。
- この段階のおける同社の財務悪化の状況は、5%利付新規債券が発行年に一ドル当たり42セント以上で売れなかった事実を見れば分かる。
- これは債券の安全性とその会社の将来性に重大な問題があることを示していた。
- しかし経営陣は、実際にはその債券価格を利用して予想される100万ドルの年間所得税を免れようとしたのである。
見れば明らかなように、財政的に極めて不釣り合いな買収でした。
買収側のNVF社は、新たな過剰債務を負い、利益も赤字に転落しました。
また債務の返済可能性にも疑問を持たれ、5%利付新規債券が発行年に1ドルあたり42セント以上で売れませんでした。
しかし、これがNVF社の狙いだったのです。
彼らは、その債券価格を利用して予想される100万ドルの所得税を免れようとしたのです。
説明2:買収の主客転倒
- あり得ないことだが負債費用を資産として除外し、これはよくあることだがその他の項目を株主資本に計上するなら、より現実的にはNVF株有形資産額は220万ドルになる。
- このように、この買収の第一の影響はNVF社の73万株からなる「本来の資本価値」を1740万ドルから220万ドルへ、つまり一株当たり23.71ドルから3ドルへと下げたことである。
- しかもNVF社の株式保有者は、1968年末の市場の終値より6ポイント下回る価格で、本来の株式数の3.5倍もの増資株式を購入する権利を他人に与えることになった。
- ワラントの当初の市場価値は約12ドル、これは買い注文も含めると総計3000万ドルとなる。
- 実際にはワラントの市場価値はNVF社発行済み株式の時価総額を大きく超え、買収における主客転倒という本質を示している。
買収の対価だったはずのワラントの時価総額が、NVF社の発行済み株式の時価総額を優に超える珍しい事例です。
こんなトリックめいた買収劇が行われたことは非常に驚きです。
会計操作
- この形式的な貸借対照表から翌年の報告書に目を移すと、いくつか奇妙な記載事項に気づく。
- 750万ドルもの支払利息に加え、「繰延負債費の割賦償還」として179万5000ドルが控除されている。
- しかしこれは次の行で「被買収側の投資コストの割賦償還ー165万ドル」という奇妙な収入項目でほぼ相殺されている。
- 脚注には、われわれが知る限り他の報告書にはない事項がある。
- 例えば、株主資本の一部が「買収に付随して発行されたワラントの正当な市場価値等2212万9000ドル」として表示されているのである。
- このような事項は、一体何を意味するのだろうか?
- 1969年の報告書の説明にはどれひとつとして触れられていない。
- 彼は5%利付無担保社債の当初の低価格は、税法上のメリットを引き出すためのものだったことに気づくだろう。
会計操作について、もっと興味のある方は補遺5(P507)参照してください。
NVF社は、発行直後から低価格のついた5%利付無担保社債を利用して、税法上のメリットを引き出そうとしました。
その他の特別な項目
1、ワラントの買い入れ
過剰な長期負債を負ったにもかかわらず、NVF社はワラントの買い入れを実施しました。
これでさらに負債を負う事になりました。
希薄化をなくしたかった等の思惑があったのでしょうが、ただでさえ先々の財務状況が悪くなると見込まれていたことを考えると、これは異常です。
2、債券とワラントの償還
負債を株式に交換するという手法は、企業再建の際に行われることがあります。
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これもNVF社の財政状態が悪化していたからこそ、行うことができた手法なのでしょう。
4、会計処理方法の変更
この会計処理の妥当性は置いておいて、減価償却の方法を定率法から定額法に変えることで、当面の減価償却費を減らす手法は確かにあります。
実態に合わせた会計処理の変更とよく言われますが、警戒するに越したことはありません。
5、あまりに低いPER
PERがあまりに低いのには、必ず理由があります。
単に割安だからといった理由だけで飛びつき、なぜ市場評価が低いのか調べないと後悔する羽目になります。
NVF社では、おそらくすでに悪業績が折り込まれていたのでしょう。
まとめ
- 小さい会社が超巨大企業を丸呑みした珍しい事例
- 巨額な負債を抱え込み、驚くべき特別な会計操作を行なっていた。
- PERがあまりに低いのには、必ず理由がある。
- 会計操作が複雑であればあるほど、その理由を確認し警戒する必要がある。